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2025年7月の投稿1件]

2025年7月4日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

*伏虎:クレーンゲームする伏虎
虎杖がクレーンゲームで失敗!
諦めた彼の代わりに筐体の前に立った伏黒は……

【分岐】
○→器用なのですぐ取れる
 →苦戦してるうちに虎杖が戻ってくる
 →今日取るのは虎杖にも悪い気がして、やっぱり後日一人で取りに来る
(アンケート回答いただいた方ありがとうございました!)

 時間潰しにゲームセンターへ寄るのは、恒例のようになっていた。任務の合間、デートの最中、ちょっとした隙間時間に立ち寄るのに便利な空間。ゲームセンターは、暇は潰せるけれど、金も食う。あの新作ゲームが、懐かしの対戦ゲームが、などとすぐに飛びつく虎杖の首根っこを掴み、何度財布を閉じさせたことか。
 ちぇーっと唇を尖らせる彼と、いつだったか、ゲームセンターに寄ったとき使用する上限額について約束した。対戦ゲームならまだしも、クレーンゲームなどで取れるまで粘っていると、いつの間にかとんでもない金額が消えていたりする。夢中になると財布の紐が緩む虎杖に、自制するよう唱えるのが常になっていた。
 そんな某日、都内での任務帰り。

「あああああ取れねぇぇぇぇ」

 がん、と悔しそうに拳を叩きつける音は、喧しいゲームセンターの中でかき消された。操作ボタンに突っ伏すように嘆いている虎杖の隣で溜息をつく伏黒は、また金を無駄にしてる、と胸の内で呟く。
 透明の強化ガラスに囲われた筐体の中では、赤ちゃんサイズのくまのぬいぐるみがころんと転がったまま、こちらを見つめていた。くてんと力なく寝転んでいるそれは、容易く持ち上がりそうで、しかしアームを使って取ろうとすると、なかなかうまくいかない。そもそもアームが引っかからなかったり、持ち上がったとしてもあらぬ方向に転げてころころ移動するだけだったり。
 オレンジ色のリボンを首元につけたぬいぐるみのつぶらな瞳が、段々と、取れるものなら取ってみろ、という挑戦的な瞳に見えてくる。
 虎杖が既に数千円程費やしていて、それでも取れる気配のないぬいぐるみを見つめ返していた伏黒は、うぅぅと悔しそうに呻いている彼に視線を落とした。
 きっかけは、「なあ伏黒、あれ可愛くない!? 一回百円だって! 安くなってるしやってみようぜ!」という虎杖の一声だった。別に自分は欲しくも何ともなかったため、見学兼助言役に徹していた伏黒は、これだけ費やしても尚何の成果も得られないクレーンゲームは、下手すればパチンコなどよりたちが悪いのではないかと思う。
 ギャンブル系で勝つことの多い虎杖は、パチンコをするときよりもゲームセンターの方で遊ぶときの方が、金を溶かしていることだろう。パチンコ店が、十五歳が行ってはいけない場所であることはともかく。
 小銭が残っていないことを確認した虎杖が、「諦めるかぁ……」と残念そうに財布を閉じた。しょぼんと寂しそうにぬいぐるみを見つめる彼が、視線を逸らし、「わり、伏黒、ちょっとトイレ行ってくるわ」と切り替える。
 おう、と軽く返事をして、伏黒は店の奥へ消えていく虎杖の背中を見送ってから、筐体に目を戻した。

「…………」

 ぬいぐるみが特別欲しいわけではないのだろう。景品が欲しいのではなくて、虎杖はただゲームをプレイしたかっただけに違いない。けれど、少しだけ。ほんの少しだけ、景品のぬいぐるみを抱き締めて笑っている彼の姿が脳裏を過ぎって。
 バッグから財布を取り出した伏黒は、百円玉を手に筐体と向かい合った。
 そして。

「伏黒! おまた……せ……」

 戻ってきた虎杖は、筐体の前に立っていた伏黒に振り向かれ、言葉を途切れさせた。両腕でくまのぬいぐるみを抱えている彼に、目を瞬かせる。ガラス越しに筐体の中で転がっていたぬいぐるみが、今は伏黒の腕の中にあった。

「エ!? 伏黒それ取れたの!?」

 仰天する虎杖に、微妙な顔をする伏黒が「……ああ」と少しばかり気まずそうに答える。
 虎杖がその場を離れたのは数分だけだったのに、その間に取ったらしい彼の技量に、すげぇ! と歓声をあげた。興奮した面持ちで彼に歩み寄る虎杖は、「伏黒が取るとこ見たかったな〜」とぬいぐるみのほっぺをつつく。うりうりとちょっかいを出すようにぬいぐるみをつつく彼に、伏黒は「やる」と抱えていたそれを押し付けた。

「へ?」
「俺は別にいらねぇから、オマエにやる」

 ぐいぐいと押し付けられるままにぬいぐるみを受け取った虎杖は、疑問符を浮かべる。
 欲しくて取ったのだろうと思っていたが、否定した伏黒は気まずそうに虎杖から視線を逸していた。

「いらないのに取ったの?」
「…………」
「もしかして、俺のために取ってくれた?」
「…………」
「……何でそんな微妙な顔してんの?」

 全ての質問に対し黙秘している彼の顔を覗き込む。ぎゅっとぬいぐるみを両腕で抱き締める虎杖は、じっと伏黒の答えを待った。
 騒がしいゲームセンター内で、下りる沈黙は沈黙の形を成していない。しばらくしてから、観念したように虎杖に視線を向ける伏黒は、「……オマエにやろうと思って取った」と白状するように口を開いた。

「でも、オマエは、景品が欲しかったんじゃなくて、ゲームがしたかったんだろ、とも思った」

 正直な声音。
 自分本位な感情と、虎杖への配慮がないまぜになった言葉に、目を瞬かせた彼は、一拍置いてから「……伏黒って優しいよな」と口元を綻ばせる。は? と返す伏黒は、不可解そうだった。
 緩む顔を隠す気のない虎杖は、「伏黒は、別にこの景品欲しかったわけじゃないんだろ」と続ける。

「俺が自分で取りたかったかも、って思ってるんだろ」

 それでも尚、景品を取った理由。
 虎杖が狙っていたそれを横取りしようという意地悪でも、取れなかったそれを代わりに取ってやろうという傲慢でもなかった。俺は取れたぞと自慢したいわけでもないことなんて、伏黒の性格を知っていればすぐにわかることだ。
 そんな彼が、手を出した理由。──少しだけ、虎杖の胸中に甘い期待が湧く。

「……それなのに、何で取ったの?」

 改めて尋ねる彼は、ぎゅっと抱き締めたぬいぐるみの頭に口元を埋めるようにして、期待の眼差しを向けた。
 自惚れかもしれないけれど、自然と自惚れてしまうくらい、伏黒に想われていると身をもって知っていた。だから、きっと、彼の行動は。

「……オマエが、そのぬいぐるみを抱きかかえて嬉しそうに笑ってるところが、見たかっ、た」

 ぎこちなく答える伏黒の頬に、ほんのりと赤みが差している。
 自分勝手な望みだけれど、それは、虎杖に喜んでほしかったということと同義で。
 オマエのためだと言わないところも、彼の人柄が感じられて。
 期待したまま、膨らんで弾けた幸福感に頬が熱くなる虎杖は、ぎゅうと更に強くぬいぐるみを抱き締めた。
 頬が緩んで、にやけてしまう。伏黒の想いが嬉しくて堪らなかった。
 そっか、と喜色を孕んだ相槌を打つ虎杖は、えへへ、とぬいぐるみを抱き締めたまま伏黒の胸に飛び込む。「取ってくれてありがとうな、大事にする」と伝えれば、「……おう」という小さな返事があった。

「……まー俺が取りたかったって思わんでもないけどね?」

 彼から離れて、照れ隠しするように言う虎杖は、軽快に笑う。

「伏黒が取るとこも見たかったし。伏黒は取れてんのに俺は成果なしなのも悔しいし」

 そう続けて、「だから」とぬいぐるみを片腕で抱え直してから、空いた手で伏黒の手を引いた。

「俺が伏黒の分取ってやる!」
「……は?」

 にっと笑う虎杖は、いや俺は別にいらねぇと言う彼を無視して、並んだ筐体の間を通りながら景品を物色する。

「オマエ小銭ねぇんだろ」
「千円札崩せばある!」
「これ以上散財してどうすんだ馬鹿」
「伏黒はどれか欲しいのある? やっぱぬいぐるみ?」

 伏黒の言葉を聞き流しながら尋ねた。何をもって「やっぱ」などと言っているのかわからないが、意気揚々としている虎杖に観念した伏黒は、一度溜息をつく。
 両替機を見つけて、千円札を崩した虎杖が再び物色を始める中。

「普段から付けられるのがいい」

 ああいうやつ、と目についたキーホルダーを指差す彼の示す先に視線を向けた虎杖は、「よし」と口角を上げた。先程まで対峙していた筐体よりも小さな箱の前で立ち止まり、交換したばかりの小銭を財布から取り出す。中に転がっているキーホルダーは、先程伏黒が獲得したぬいぐるみと同じ姿をしたミニチュア版のくまがついていた。

「ん」

 手を差し出してきた伏黒に、抱えていたぬいぐるみを預けた虎杖は、百円玉を投入する。機械の中で硬貨が落ち行く音が聞こえて、虎杖は操作ボタンに手を添えた。そして、数分後。

「どーだ!」
「確率機だったな」
「何でそんなこと言うの!?」

 取れたキーホルダーを掲げ、得意気な顔をしていた虎杖の悲鳴に、ふっと相好を崩した伏黒は、「取れてよかったな」と告げる。「何でそんな上からなの……」と半眼になりつつも、ふは、と笑った虎杖は、「はい、伏黒」とキーホルダーを彼に差し出した。
 ぶら下げられたキーホルダーに視線を向けた伏黒は、受け取る代わりに預かっていたぬいぐるみを手渡す。景品を交換する形となり、満足そうに笑う虎杖は、ぎゅうとぬいぐるみを抱き締めた。
 ふわふわと柔らかなくまの後頭部に顎を載せ、「この後どうする?」と尋ねる。

「デカいぬいぐるみ持ったままじゃどこも行けねぇだろ」
「そう?」
「高専戻るぞ」

 任務帰りだったため、既に日が傾いている時刻だった。帰寮にはまだ少しばかり早い気もしたが、踵を返しゲームセンターを出る伏黒の後を追う虎杖は、「伏黒って器用なんだな。俺全然取れなかったのに」と口を開く。
 大きなぬいぐるみを抱いている姿は目立つのか、通りを歩いていると、すれ違う人に振り向かれた。人々の視線を感じつつも、普段と変わらぬ調子で「コツとかあるの?」と尋ねる虎杖は、「さあな」と言う伏黒に目を向ける。

「あれも確率機だったんだろ」
「じゃあ、実質回数稼いだ俺が取ったってことでは!?」
「取ったのは俺だ」

 ハッと自身の手柄とするため声を弾ませれば、間髪入れずに言い返された。「そこは譲らねぇのかよ」と唇を尖らせる彼は、気を取り直して「次は俺が先に取るからな!」と宣言する。肩を竦める伏黒の表情は柔らかかった。

「……でも、伏黒が取ってくれたのは、しょーじき嬉しい」

 虎杖は、付け足すようにそう本音を呟く。
 自分で景品を獲得するのも醍醐味だが、誰かに取ってもらうというのも、また別の嬉しさで胸の奥が擽ったかった。せがんだわけではないのに、贈られるということは、その行為に伏黒の想いがこめられているということだから。
 呟いた言葉が耳に届いたらしい伏黒が、微かに瞠目して虎杖を見やる。
 夕陽に照らされる道で、赤らむ顔は目立たないかもしれない。けれど、熱くなる顔を隠すようにぬいぐるみを持つ彼は、今晩からはこのぬいぐるみを抱いて寝ようと思いながら、伏黒と肩を並べて帰路につく。
 二人で帰る道のりは穏やかで、虎杖はぬいぐるみのリボンを弄りながら、会話を続けるのだった。畳む

伏虎

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