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2025年6月16日の投稿1件]

*伏虎:触れる手の独占欲を
6/15星願 伏せ恋の無配でした。美容師伏黒×一般人虎杖。
お手に取って下さった皆様ありがとうございました!

「伏黒の手、気持ちいいな」

 日曜、客の入りが少しばかり落ち着いた、昼前の時刻。
 シャンプーを終えて、スタイリングチェアに戻ってきた虎杖の言葉を聞いた伏黒は、目を瞬かせた後苦い顔をした。

「オマエそれセクハラになるからな」
「え!?」

 気をつけろよ、と注意された虎杖が、素っ頓狂な声をあげる。そんなつもりのなかった彼は、心外だと言うように半眼を返した。

「何も下心とかないって……シャンプー上手いな〜って褒めてんじゃん」
「美容師なら、誰でもこんなもんだろ」

 都内の大通りに面した美容室。GLGを自称する五条悟が店長を務める店は、スタッフの技術もビジュアルも最高だと噂されている有名店だった。
 本業はトリマーなのだが、美容師免許も持っていた伏黒は、時折彼の店で臨時スタッフとして勤務している。人より動物のカットをしている方が余程楽しい、という発言を掻き消す五条に、何度「恵目当ての子もいるんだから」と言われたことか。
 ここはホストクラブではないのだから、目当てにされても困ると言えば、「そういう意味で目当ての子もいるけど、技術面でもだよ」と付け足された。
 聞いた当時は、単なるフォローの言葉だと思っていたが、本当に技術面で自分を指名する人がいるのだと気づいたのが、数ヶ月前のこと。
 初めて“彼”を担当した日、ヘアセットを終えて完成した姿を鏡に映し見せた瞬間、感嘆の声をあげられた。

「ハサミ一つでこんな格好良くセットしてくれんの!?」

 まるで初めて美容室を利用したようなテンションで礼を言われ、仰天する。嬉しそうに笑っていた青年は、それ以来毎回伏黒を指名するようになった。
 臨時のため出勤日が定まっていない自分をよく指名できるなと不思議に思っていたら、なんと五条の知り合いらしい。共通の知人がいると、警戒心も薄らいで。快活な虎杖との会話が心地いいこともあり、普段客と最低限しか話さない伏黒は、彼を担当するときだけよく喋った。

「伏黒くんって、君といるときだけ仕事楽しそうなのよね」

 いつだったか、女性スタッフにそう声をかけられた虎杖が、「マジ?」と意外そうに目を瞬かせていた。なんか嬉しいかも、と照れ笑いしていた彼とは、そのとき既にプライベートでも遊ぶ仲になっていて、好きだ、と溢れる想いを伝えたのが、数週間前のこと。
 唐突な告白だったが、「俺も……伏黒のこと好きだよ」と応えた虎杖と付き合い始めて、今に至る。
 伏黒にシャンプーされてると、寝ちゃいそうになるんだよなぁと呟いている彼の髪を乾かすため、ドライヤーを手にする伏黒は、「……来週」と口を開いた。

「ヘッドスパの割引があるから、来いよ。前に興味あるって言ってただろ」
「そうなん? じゃあ予約するわ」

 伏黒きゅんご指名で、と冗談めいた口調で言う虎杖に、「当然」と返す。虎杖が伏黒を指名し続けるのと同じように、伏黒も彼の担当を譲らなかった。
 ドライヤーのスイッチを入れれば、風音が吹き荒れる。虎杖の短い髪に指を入れる伏黒は、わしゃわしゃと撫でるように彼の髪に風を通すのだった。

 ◇◆◇

 翌週のことである。虎杖は、約束通りヘッドスパをしてもらうため、美容室を訪れていた。シャンプー台に案内され、丁寧なマッサージにうとうとする彼は、身体から力を抜き、担当してくれている伏黒に身を委ねる。
 伏黒が、愛想はないけどイケメンで人気な臨時スタッフということは、知っていた。そんな彼が、自分相手だと表情が和らぐことに優越感を覚える。一方で、本人は無愛想でも、彼の手はいつも優しかった。それはきっと、相手が自分だからではない。伏黒の繊細な手つきを他の人たちが知っていると思うと、少しばかり妬けてしまう。
 力加減が丁度よくて、触れられるのが心地いい。無論技術の問題もあるのだろうが、伏黒の人柄が出ているのだろう。
 虎杖は、丁寧に触れる彼の指が好きだった。
 微睡みかけている虎杖が、とりとめもなくそんなことを考えている一方、マッサージを終え、トリートメントを洗い流し終えた伏黒の指が、すり、と彼の耳元を撫でる。そのままタオルドライに入るのかと思いきや、すりすりと優しく虎杖の肌を辿る指が、輪郭を擽った。

「っひ、ぅ」

 ぞわぞわと快感に似た擽ったさが身体を駆け抜けて、変な声が出た虎杖は、慌てて口を塞ぐ。まるで愛撫されるように触れられた彼は、思わず閉じていた目を開いた。

「ッ伏黒」
「あ?」
「その触り方、やめて」

 並んでいる他のシャンプー台に人がいなかったため、赤面を隠すことなく伝える虎杖は、見えた伏黒の顔を、ぐぬぬと睨む。
 ふっと笑んだ彼に、「俺の手、気持ちいいんだろ」と返されて、確信犯なのだと更に頬を火照らせた。先週の言葉を根に持っている、というより、ダシにしているらしい伏黒に、今度は頬を辿られ、びくりと身体が跳ねそうになる。

「っ……」

 そっと、大事そうに触れる指先に愛しみを感じて、鼓動が速くなった。

「……オマエの方がセクハラじゃん……」

 まだシャワーの音が耳元でしていたため、下手に動いたら、周りに水飛沫を飛ばしてしまうかもしれない。そう思い、せめてもの抗議で、先週言われた言葉をそのまま絞り出すように返す虎杖は、得意げな伏黒にジト目を向けた。

「そうだな」

 認めた彼がシャワーを止めたのか、水音が途切れて、「もー……」と呆れる虎杖は、「……そういうのは家でしてよ……」と小さく返す。
 優しく触れられると、もっと触れてほしくなるから。
 そう告げた瞬間、棚からタオルを取り出している伏黒の動きが止まったように見えたのは、気のせいか。
 伏黒の仕事が終わるの待ってるから、今日、家に行ってもいい?
 胸の内に生まれた欲に駆られて、尋ねるため虎杖は口を開こうとする。しかし。

「おふたりさーん、そろそろシャンプールーム入っていいかなー?」

 カットスペースへ通じるとば口から顔を覗かせた五条に声をかけられ、びくりと飛び上がった。同じく動揺したらしい伏黒が、「どうぞ」と早口に答える声を頭上で聞きながら、変なこと口走らなくてよかった、と心底思う。
 他の客が隣に案内される中、漂っていた甘い空気を誤魔化すようにばさりとタオルをかけられ、少しばかり粗雑に髪を拭かれた。虎杖は、伏黒には後で責任を取ってもらおう、と今夜彼の自宅を訪ねることを誓うのだった。畳む

伏虎

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