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2025年4月21日の投稿1件]

*伏虎:春の日、こぼれ落ちた言葉、照れた顔
 教室の扉を開けると、頬杖をついている伏黒の姿が目に入った。
 春の柔らかな空気が満ちている午後、任務を終えて授業に合流するため室内に入った虎杖は、何の配慮もなくガラガラ開けた扉を、今度はそっと音を立てないよう気遣いながら閉める。机が三つだけ並んでいる教室は、いつ見てもガランとした印象を受けて、それでも、見知った同級生がいる空間は肌によく馴染んだ。

(釘崎は、……真希先輩と任務だったっけ。伏黒一人で授業受けてたんかな)

 昼休みにあたる時間帯のため、教員は誰もいない。虎杖の入室に反応しない伏黒は、頬杖をついたまま寝ているようだった。
 静かに歩こうとしても軋む床板を踏みながら、彼の傍に立った虎杖は、伏黒の顔を覗き込む。
 眠っているのか、ただ瞑目して休んでいるだけなのかわからない、けれど、瞼を閉ざした彼の顔はどこか静謐な空気を纏っていて、綺麗だった。

(睫毛長ぇ……)

 そっと手を伸ばして、黒髪に触れる。なだらかな頬の曲線に触れようとして、躊躇った虎杖の指先が宙を泳いだ。
 触れたら、起こしてしまうかも。そう思って、触れないまま伸ばした手を引っ込める。
 触れたら起きるかも。でも。……触れるほどの近さに手を伸ばしても起きない伏黒を見て、頬が緩んだ。気を許されているのだとわかって、警戒されていないのだと思って、嬉しくなる。
 伏黒に、心許されていることが嬉しい。その感情が何なのか、虎杖はまだ自身の想いを理解していなかった。ほんのりと胸の奥があたたかくなる気持ちは何だろうかと、伏黒のことを考える時間は、少しばかり擽ったくて、幸せで。
 思わず。

「……だいすき」

 そんな言葉がこぼれ落ちた虎杖は、ハッと自身の口を手で塞いだ。誰かに聞かれていやしないかと慌てて左右を確認し、静かな室内にほっと息をつく。
 大好きって、何だ、と自分でも漏れた想いに動揺する彼は、隣の席の椅子を引き、ガタンと音を立てて腰を下ろした。顔が火照って、羞恥に一人突っ伏す虎杖は、ううぅ、と胸の内だけで呻く。
 腕の隙間から、ちらりと窺うように伏黒を見やれば──、ばちりと目が合った。

「っ、!?」

 いつの間に目を開けていたのか、じっとこちらを見つめている瞳に狼狽える。「ふ、伏黒」と上擦った声を出す虎杖は、「……大好きって、何だ」と言われて、かぁぁと耳まで真っ赤にしながら唇を震わせた。
 聞かれていたのだと思うと、何と答えたらいいのかわからない。ただ、こぼれ落ちただけで。溢れた感情がどういうものなのか、自分でもまだわかっていないのに。

「っ、それは、違」
「違うのか」
「いや違くねぇけど、そういうのじゃなくて」

 しどろもどろに言葉を繋ぐ虎杖は、そういうのって何だと自分の言葉に内心ツッコみつつ、顔の前で両手を振る。そして、ふっと仕方なさそうに息をつく伏黒の微笑を見て、口を噤んだ。
 いつから──いつから、彼の柔らかな表情に胸の奥があたたまるようになったのだろう。

「……伏黒、俺」

 考えがまとまらないまま口を開いた虎杖は、ふと伏黒の頬が微かに赤らんでいることに気づいた。ふいと逸らされた視線はあらぬ方を向いていて、頬杖をついたままそっぽを向く彼のわざとらしい仕草に目を瞬かせる。

「……照れてる?」
「誰が」

 思わず尋ねれば、剣呑とした声が返ってきて、自身の羞恥が解れた虎杖は、ふはっと眉をハの字にして笑った。

「何で伏黒が照れてんだよ」
「うるせぇ。オマエだって照れてただろ」

 言い合う軽いやり取りが心地良い。
 大好き、とまた胸の奥で誰かの声がする。噛み締めるような自分の心の声に耳を傾ける虎杖は、「……なあ、伏黒」と彼の名を呼んだ。
 この感情を、何と呼ぶのかはまだわからないけれど。
 改めて胸中に湧いた想いを告げれば、今度こそはっきりと顔を赤く染めた伏黒が、「……勘弁しろ」と参ったように額に手を当てる。
 笑う虎杖は、春の陽気に照らされた教室内で、「伏黒、照れてる」と嬉しそうに彼の照れた顔を覗き込むのだった。畳む

伏虎

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