2025年3月30日の投稿[1件]
favoriteいいね ありがとうございます! 2025.03.30 21:06:08 伏虎
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3/30伏せ恋の無配です。虎杖お誕生日のお話。
「伏黒、アンタも明日の夕方空いてるわよね?」
三月十九日、任務を終え高専へと戻る車内で、さも当然のように釘崎に訊かれた彼は、「いや、任務が入ってる」とこちらも当たり前のような口調で答えた。軽い調子だった彼女に、はぁ!? と大げさに驚かれて、顔を顰める。「アンタともあろう男が、二十日が何の日が忘れたの!?」と責めるように言われて、「うるせぇな」と返した。
三月二十日、その日が何の日か、釘崎が何をしようとしているのか、言われずともわかっている。
虎杖悠仁が生まれた日。大切な人が生を受けた、特別な日だ。
宿儺を祓った日以来、虎杖は休む間も惜しみ、崩壊した都市の復興に向け動いていた。羂索の手により受肉した游者について、呪物と被害者を引き剥がすという基本方針が決まったのは、年が明けた頃のことだ。引き剥がしには、虎杖か来栖の術式が必須となるため、必然的に二人が駆り出される回数は多くなる。伏黒や釘崎には「オマエら、寝起きなんだからあんまり無茶すんなよ」と言うくせに、自分は率先して任務へ向かうのだから、どうしようもない。
渋谷の一件後、脹相と行動していた時期のように自身を顧みない戦いをしているわけではないが、自分を捧げるような精神は変わらなかった。
自分の誕生日くらい、自分のために過ごしてほしい。そう思ったため、二十日前後の任務は虎杖に回さず、自分へ回すよう事前に補助監督へ調整していた伏黒は、二十日、游者の対応任務につく予定だったのだ。対象者の状況から、虎杖が適任とされていたところ、来栖と伏黒で対応する形となったため、付き合わせる形になった彼女には申し訳なかったが、快諾してくれた彼女は「おめでたい日ですからね」と微笑んでいた。
そのため、二十日は任務が入っていたのだが、そのような経緯を釘崎に伝える必要はないと判断した彼は、「折角全員でパーティーできると思ってたのに」と残念そうな彼女に、「悪いな」と返す。
「私じゃなくて虎杖に謝りなさい。アイツも、アンタに祝われるの楽しみにしてるでしょうに」
「アイツは明日が自分の誕生日だなんて意識してねぇだろ」
「あー……それもそっか」
自分のことに無頓着な虎杖は、明日が何の日かなんて気にしていないだろう。
指摘する伏黒に、納得したように肩を竦める釘崎は、「ま、だからこそサプライズパーティーが映えんのよ」と得意げに腕を組む。
「真希さんたちとケーキ買い込んで、教室の飾りつけして、六時から立食パーティーよ。伏黒も、任務終わって時間があったら来なさい」
「任務の内容的にその時間じゃ間に合わねぇよ」
淡白な反応の彼に、何よノリ悪いなと顔を顰めた。釘崎は、しかし「その代わり」と続けた伏黒に目を瞬かせる。
「八時には虎杖を部屋に帰せよ」
二人並んで座っている後部座席にて、彼女と目を合わせて念を押すように告げた彼は、真剣な瞳をしていた。伏黒は、任務を終えてから個別に祝うつもりなのだと察した釘崎は、「うわ……すけべ……」と苦々しい顔をする。
「何でだよ」
理不尽な罵倒にツッコむ伏黒は、呆れたように嘆息しながらアームレストに腕を置き、窓の外へ視線を逸らした。隣にいる釘崎が、「まあ」と一区切りつけるように口を開く。
「パーティーの不在はおいといて、三人で誕生日を当日に祝えるの、虎杖の誕生日が初めてなんだから……お互いサプライズ成功させましょうね」
「……俺は別にサプライズするなんて言ってねぇ」
にっと悪戯めいた笑みを浮かべる彼女は、伏黒の言葉を無視して、「ケーキ何個買おっかな~」とスマートフォンで検索画面を開いていた。ホールケーキを複数個買うつもりなのか、それとも皆で分けやすいようピースケーキを数多く買うつもりなのか、どっちなのだろうかと思いながら流れゆく景色を眺める伏黒は、ふと見えた川辺に花びらが舞っていることに気づき、瞠目する。
三寒四温を繰り返し、春の色が見え始めた時季、肌寒い冬からあたたかく人を包み込む春へ移り変わる空気が、虎杖の人柄に似ているように思えて、彼はほんの僅かに表情を緩めた。
◇◆◇
三月二十日十八時。東京都立呪術高等専門学校敷地内校舎の一室に呼び出されていた虎杖は、一体何事だろうかと思いながら廊下を歩いていた。
一昨日から連日休みをもらっており、昨日は映画を観に行っていたため、今日は寮でのんびりしていたところ、突然の呼び出しに困惑する。夕飯に付き合えという話であれば、集合場所が教室なのはおかしいし、かといって今から授業というのも変な話だ。
一人首を傾げつつ、「釘崎ー、用件くらい言ってくれてもいんじゃね」と言いながら教室の扉を開けた彼は、次の瞬間。
ぱんっとクラッカーの鳴る音があちこちで弾け、ぎょっと目を瞬かせた。同時に、「虎杖お誕生日おめでとう!」という多くの声が重なる。飛び出した紙テープが床に落ちていき、装飾に彩られた室内と集まっている皆の顔が見えた虎杖は、「……!」と呼び出しの意味に気づき息を呑んだ。
「誕生日おめでとう、虎杖。ようやく私の年齢に追いついたわね」
「釘崎……皆……」
彼女だけでなく、二年三年の先輩や日車の姿まで見えた彼は、驚きを噛み締める一拍を置いてから、嬉しそうに笑う。「ありがとうな」という言葉に満足そうに口元に弧を描く釘崎が、「ほら、主役の帽子。アンタが好きそうなメニューを選んでるから、存分に……あ」と途中で言葉を途切れさせた。
既に賑やかな室内で、声のトーンを少しばかり落とした彼女が、「虎杖、伏黒は」と彼の不在理由を告げようとする。虎杖に関係ある人々が揃う中、一番近い存在だろう彼がいないことにはわけがあるのだと、きちんと伝えなければならないと思っていた釘崎は、しかし「伏黒は任務だろ」と先回りされ、「は?」と目を瞬かせた。
「何よ、知ってたの?」
「本人から聞いた。一日がかりだって」
「そう……随分淡白なのね。伏黒に祝ってほしかったとかないの?」
淡々と答える虎杖に、半眼になる。残念そうな気配が欠片もない彼に、欲のない男だなと思った釘崎は、「あー、伏黒からは、日付変わった瞬間にメッセージ貰ってるからさ」と言われて、ああと納得した。
「俺が寝ちゃってて、メッセージに気づいたのは朝だったんだけどね」
そう苦笑する虎杖は、「悠仁、おめでとう」と真希たち二年生の皆に声をかけられ、「あざっす!」とそちらの会話に加わる。
釘崎自身、オラ祝えやと相手の胸倉を掴むことはあれど、自分の誕生日だからとそわそわするタイプでもなかったが、本当に自身の誕生日であることを意識していなかったらしい虎杖に肩を竦めた。
(コイツ本当に自分に無頓着だな。ってか、伏黒二段構えかよ……)
二十時には虎杖を帰すよう言っていた伏黒は、その時間以降個別に彼を祝うつもりなのだろうと思っていたが、既に誰よりも早く祝いの言葉は伝えているとは。
虎杖の様子から察するに、彼は今晩伏黒から再度祝われるなど露ほども思っていないのだろう。ほら、サプライズじゃないの、と昨日否定していた伏黒に胸の内で言い返す彼女は、楽しそうに喋っている虎杖の背中を見つめる。
自分が生きていて、彼が生きていて、笑う姿をまた見られる世界に口角を上げる釘崎は、会話に参加するため一歩彼らに近づくのだった。
◇◆◇
「はー、楽しかったな……」
二十時を過ぎた時刻、満足そうに喜色を孕んだ独り言を呟きながら、寮の自室に帰ってきた虎杖は、ドアノブを捻る。
自分のために皆が集まってくれて、生誕を喜ばしいことだと祝われる擽ったさと幸福感に、自然と表情が緩んだ。自分が生きていることで人が傷つくならば、命なんていらない。そう思った瞬間もある中で、皆が向けてくれる言葉が一層身に沁みる。
個数を見誤り、ピースケーキが大量に余っていたため、二個ほど持ち帰っていた虎杖は、箱を提げたまま自室に上がり、電気をつけた。そして。
「おわーーーー!?」
ベッドに腰掛けている人影が見えた彼は、思わず大音声で叫んだ。気が抜けていたのか、人の気配にも呪力の気配にも気づかなかった彼は、飛び出そうな心臓を飲み込み、「ッ伏黒、何で俺の部屋にいるんだよ!?」とバクバクしている胸に手を当てる。
ビビったぁ、どうやって入ったんだよ人の部屋に、と続ける彼は、腰を上げ近づいてきた伏黒に「オマエが鍵かけ忘れてるからだろ」と言われて、「あ」と気まずそうな声を発した。遠出するときは気をつけているが、高専内をうろうろするくらいなら別に構わないだろうと鍵をかけずに部屋を出ることが多い虎杖は、不利な話題を逸らすためコホンと咳払いをする。
「伏黒、任務は?」
「終わった」
「怪我ない?」
「ない」
「よかった」
短いやり取りを交わして、安堵したように笑えば、「パーティーは楽しかったか?」と訊かれた。うんと頷く虎杖は、「任務終わったなら、オマエも来ればよかったのに」と返す。そうだな、と相槌があって、「ケーキ、余ったの貰ったから一緒に食う?」と提案すれば、「虎杖」と改まった語調で名を呼ばれた。
「誕生日おめでとう」
告げられた祝いの言葉に、瞠目する。
メッセージでも、同じ言葉を貰っていた。メッセージの始まりが、「起きてるか?」という確認だったため、寝落ちており返信がなかった虎杖の部屋へ直接行くことなく、文章だけで終わらせたのだろうと思っていた。任務だからメッセージだけになって悪い、という言葉が添えられていたから、今日、面と向かって祝われることはないと思っていた。だから、だろうか。
じわ、と伏黒にかけられた言葉が胸の奥に沁み込み、目頭が熱くなる。皆に祝われたときは、ただ嬉しくて、泣きそうになることなんてなかったのに、伏黒の一言だけで、息が詰まった。
死なせたくない、死んだら殺すと、ずっと生きる道を指差してくれていて、手を離さないでくれていた。伏黒がいないと寂しいと訴えたら、隣に還ってきてくれた。大好きで、大事で、離れたくない人に、生まれてきたことを祝われることが、こんなにも──幸せだなんて、思ってもみなかった虎杖は、震える息を吸い込んで、「……ありがとう」と返す。
「オマエと出会ってから、まだ一年も経ってないと思うと、不思議だな」
「……たしかに」
「オマエが生まれて、生きて、傍にいてくれることに感謝してる」
「……ん……」
喋ると、涙色が滲んでしまいそうで、まともな返事ができない虎杖は、こくこくと頷くことで、伏黒の想いを受け止めていた。
ぎゅっと抱き締められて、伏黒の体温に包まれる幸福感に瞼を下ろす。温もりを噛み締めていた彼は、ふと金属が擦れるような小さな音が聞こえて、そっと目を開けた。同時に、離れた伏黒の指が首元に伸び、いつの間にかつけられていたリングネックレスに口付ける彼を見た虎杖は、「……ぇ」とか細い声を出す。
細い銀のチェーンに、同じく銀のリングが通されていた。イニシャルが彫られたシンプルなリングに視線を落とした虎杖は、「これ……」と伏黒に目を戻す。
「……実用的なものじゃなくて悪いが」
そう前置きする彼は、「普段から身につけられる、お守りみたいなものを渡したかった。……あと、お揃いにできるものが」と遠慮がちな声音で続けた。制服の下に隠していたらしいチェーンを引っ張り出した伏黒の首には、同じくリングネックレスがつけられている。
お揃いの、お守り。
載せられた想いが嬉しくて、耐えられなかった虎杖の瞳から、ぽろ、と一粒の涙がこぼれ落ちた。
「っ……」
「! 虎杖、嫌なら」
「っちがう」
涙をこぼす彼に、動揺したように早口になる伏黒を遮る虎杖は、ごしごしと袖で目元を拭いながら、首を横に振る。
「嬉しくて。……なんか、わかんねぇけど、っ、う、もう、ッ伏黒のせいで涙腺馬鹿になっちまったじゃんんん」
声が震えて、嗚咽が混じりそうになった。大好きな人に想われる歓びに、胸がいっぱいになる。愛情を傾けられる幸福感に目眩がした。
自分が生まれた日。幼い頃は、ケーキを食べられることが嬉しくて、生み育ててくれた両親や祖父に感謝して、友人に祝われる喜びをただ享受していただけだったけれど、戦いに身を投じる中で、自分の存在を顧みることが多くなった今、この世界に生まれ落ちたことへの様々な想いが胸中を駆け巡る。
その中で、ひたすら純粋に想ってくれる伏黒の存在が、嬉しかった。
「っ、ありがとう、伏黒」
「……ああ。俺の方こそありがとう」
ぎゅっと、再度抱き締められて、虎杖は彼の背中に腕を回し、抱き締め返す。伏黒の肩口に顔を埋めて、涙の滲む目を閉じた。
ケーキ箱だけは、落とさないようにして。
大切な人たちに祝われて、大事な人に愛される歓びを噛み締める虎杖は、自身の生に感謝する。
釘崎が帰り際に渡してくれた二個のケーキは、きっと伏黒と二人で食べる用のケーキだったのだろう、ということまで思い至って。
大好きな人たちとともに歩んでいける時間を幸せなものだと思う彼は、「虎杖」と名前を呼ぶ声に、「うん」と応えるのだった。畳む