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2024年11月20日の投稿1件]

*伏虎:ネクタイを結ぶ手つき、解く指使いにドキドキするお話

 ──解かれる瞬間が、一番心臓がうるさくなる気がする。

 見様見真似でやってみて、上手くいくこともあれば、上手くいかないこともある。

「……ふしぐろぉ……ネクタイ結んで……」

 今まで生きてきた中で、ネクタイを結ぶことなど数えるくらいしかなかった。その数少ない機会を迎えたとき、どうやって結んでいたのか覚えておらず、スマートフォンで改めて結び方を調べていた虎杖は、情けない声を出しながら鏡から目を離し、傍にいる伏黒を振り向く。
 五条から、豪華……否、“超”豪華ディナークルーズに招待された彼らは、相応しい服装で向かうべく、都内の専門店へスーツを仕立てに来ていたのだ。複数人で使用できる試着室にて、釘崎が選んでくれたセットアップスーツを合わせていた虎杖は、サイズ合わせをしていた伏黒に半眼を向けられ、眉をハの字にした。

「ネットで調べて鏡見ながらやってたけど、全然できねぇの」
「オマエな……ネクタイくらい自分で結べるようになっとけ」
「中学の頃ブレザーだった伏黒さんとは違うんです~」

 呆れたように言われて、唇を尖らせる。試行錯誤の末結べはしたが、不格好極まりなかったのだ。そんな格好で超豪華ディナークルーズに行くことなんてできない。
 長さがちぐはぐになっているネクタイを解いた虎杖は、「なぁ、お手本! 頼む!」と懇願の眼差しを彼に向けた。
 上目遣いで、目を合わせて、数秒。

「……ったく」

 嘆息混じりに呟かれると同時に、伏黒の手が伸びてくる。明るいオレンジのネクタイを手に取る彼は、数秒逡巡するように間を置いてから、ゆっくりと結び始めた。自分は結び慣れていても、向かい合って他人のネクタイを結ぶ行為はまた別物だろう。先程の間は、自分が普段結んでいる手順を、向かい合っている虎杖に照らし合わせるための時間だったに違いない。
 脳内で動きをイメージしただけで、ささっとできてしまう伏黒の要領の良さに感心する。わかりやすいよう、所作を一つ一つ区切りながら虎杖のネクタイを結んだ彼は、結ばれたネクタイの形を、きゅ、と整えてから、「この結び方なら、オマエでも覚えられるだろ」と視線を上げた。
 自身の胸元で、器用に動く彼の指を見つめていた虎杖は、一拍遅れて「お、応」と答える。長く細い伏黒の指が綺麗で、思わず見惚れてしまっていた。
 ドキドキと僅かに心臓が高鳴って、頬が熱くなる気がした虎杖は、やばい、と内心唇を引き結ぶ。

(……伏黒の結び方、なんも見てなかった……)

 指に気を取られて、肝心な記憶が飛んでいる彼は、どうしたものかと目を伏せた。見てなかった、などと言えば、怒られること必須だろう。
 そんなことを思っていると。
 くん、とノットに指を引っ掛けられ、結ばれたばかりのネクタイを緩められた虎杖は、「っえ」と上擦った声を発する。そのまま、するすると手際よくネクタイを解かれた彼は、かぁっと顔を赤くした。
 丁寧にネクタイを結ぶ伏黒の手つきも、繊細で惹き付けられたが、解く指使いに動揺する。きっちりと締められたネクタイを緩める仕草は、色香を孕んで見えて、解かれ弛むネクタイを目で追っていると、何故か淫らな気持ちが芽生えた。

「ぁ、ふ、伏黒」

 そのまま脱がされるのではないか、と思ってしまう虎杖は、視線を彷徨わせる。
 しかし。

「ほら、自分でやってみろ」

 そう促された彼は、「…………へ?」と虚を突かれたように目を瞬かせた。「自分で結べるようにならねぇと、意味ないだろ」と言われて、「あ……」と自身の勘違いに顔を引き攣らせる。
 脱がされるのではないか、なんて。

「あ……あー……えっと……見てなかったから、もう一回やってほし、いでっ」

 誤魔化すように返せば、眉根を寄せた伏黒に手刀を入れられた。「ちゃんと見とけ馬鹿」と言われて、「へーい……」と返事をする。
 もう一度、自身の胸元で動く伏黒の手を見つめる虎杖は、今度こそ手順を覚えようとしながらも、ちらりと彼を窺った。
 結んでもらって、また、解かれるのだろうか。
 ただネクタイを緩め、解かれるだけなのに、自身が暴かれるような気持ちになる虎杖は、堪らない感情に緩みそうになる口元を引き締める。

(平常心、平常心……あ待って伏黒今どこに通した?)

 疚しさに気づかれないよう伏黒の指を目で追う虎杖は、流石にまた見ていなかったら手刀だけじゃ済まされん、と慌てて集中するように眉間に皺を寄せるのだった。


 ──その夜、超豪華ディナークルーズという名に隠された任務を終えた虎杖は、今度こそ伏黒にネクタイを解かれ、脱がされ自身の大事な部分を暴かれることになるのだが、それはまた別の話である。畳む

伏虎

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