Shangri-La Stage 02.Tears


「傑の馬鹿! もう知らねぇ!!」

 ドラマの撮影を終え、テレビ局内の廊下を歩いていた伏黒は、典型的な捨て台詞が聞こえて思わず足を止めた。間髪入れずに目の前の扉が乱暴に開かれ、勢いよく部屋から出てきたスーツ姿の男と目が合う。
 ぐっと拳を握り締めた白髪の彼。一瞬だけ見えた表情に瞠目する伏黒が声をかけるより先に、彼の足に力が入る。

「っ」

 ぶつかりそうになった伏黒を避け、廊下を駆けていく彼はこちらを見向きもしなかった。
 呆気にとられていた伏黒は、「悟! まだ話は」と続けて部屋から飛び出してきた黒髪の男を振り向く。特徴的な前髪を垂らした髪型の彼は、伏黒に気づき、焦ったような表情を収めた。

「……やあ、お疲れ様。伏黒も撮影終わりかい? 見苦しいところを見せたね」

 一拍おいてから、穏やかな苦笑を見せた彼に、伏黒は「……喧嘩ですか?」と尋ねる。
 遠慮がちな質問に、うーんと回答に迷う彼は、どうかな、とはぐらかすように答えた。
 まだ学生の身分でありながら、俳優として活躍していた伏黒は、数年前に知り合ってから何かと接することの多かった彼を見つめる。
 仲が良い、故に喧嘩も多い、しかし、本気で険悪になるような彼らの喧嘩は見たことがなかった。おやつのプリンを傑が勝手に食べただとか、悟が楽屋のソファに悪戯を仕掛けただとか、そんな些細な理由で、いつの間にか仲直りしているような小さな喧嘩ばかり。
 そのため、先程すれ違った男の目尻に涙の雫が引っかかっていたように見えた伏黒は、物言いたげに口を開きかける。しかし、二人の間柄に口を出すのも野暮だろうと思い直した彼は、喉まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。
 五条さん、泣いてるように見えましたけど。
 そう伝えようと思ったが、コンビとして活動している彼らの関係性にあまり首を突っ込むのも良くない。思い直した伏黒は、「五条さんならあっちに行きましたよ」と廊下の先、右方向を指差す。
 そうか、と頷いた目の前の彼が、相方を追うのか追わないのか、気にして見届けるのも無粋だと思った伏黒は、「では、俺はこれで。お疲れ様でした」と歩き始めた。背後で足音は聞こえない。ただ、扉を閉める静かな音だけが通路に響いて。


 三年前、初出場のC-1グランプリにおいて、歴代最年少での優勝を果たしてから、人気絶頂中の祓ったれ本舗。
 最強コンビと謳われた彼らの解散ニュースが流れ、日本中に激震が走ったのは、翌日のことだ。


 


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