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2024年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

*伏虎:ネクタイを結ぶ手つき、解く指使いにドキドキするお話

 ──解かれる瞬間が、一番心臓がうるさくなる気がする。

 見様見真似でやってみて、上手くいくこともあれば、上手くいかないこともある。

「……ふしぐろぉ……ネクタイ結んで……」

 今まで生きてきた中で、ネクタイを結ぶことなど数えるくらいしかなかった。その数少ない機会を迎えたとき、どうやって結んでいたのか覚えておらず、スマートフォンで改めて結び方を調べていた虎杖は、情けない声を出しながら鏡から目を離し、傍にいる伏黒を振り向く。
 五条から、豪華……否、“超”豪華ディナークルーズに招待された彼らは、相応しい服装で向かうべく、都内の専門店へスーツを仕立てに来ていたのだ。複数人で使用できる試着室にて、釘崎が選んでくれたセットアップスーツを合わせていた虎杖は、サイズ合わせをしていた伏黒に半眼を向けられ、眉をハの字にした。

「ネットで調べて鏡見ながらやってたけど、全然できねぇの」
「オマエな……ネクタイくらい自分で結べるようになっとけ」
「中学の頃ブレザーだった伏黒さんとは違うんです~」

 呆れたように言われて、唇を尖らせる。試行錯誤の末結べはしたが、不格好極まりなかったのだ。そんな格好で超豪華ディナークルーズに行くことなんてできない。
 長さがちぐはぐになっているネクタイを解いた虎杖は、「なぁ、お手本! 頼む!」と懇願の眼差しを彼に向けた。
 上目遣いで、目を合わせて、数秒。

「……ったく」

 嘆息混じりに呟かれると同時に、伏黒の手が伸びてくる。明るいオレンジのネクタイを手に取る彼は、数秒逡巡するように間を置いてから、ゆっくりと結び始めた。自分は結び慣れていても、向かい合って他人のネクタイを結ぶ行為はまた別物だろう。先程の間は、自分が普段結んでいる手順を、向かい合っている虎杖に照らし合わせるための時間だったに違いない。
 脳内で動きをイメージしただけで、ささっとできてしまう伏黒の要領の良さに感心する。わかりやすいよう、所作を一つ一つ区切りながら虎杖のネクタイを結んだ彼は、結ばれたネクタイの形を、きゅ、と整えてから、「この結び方なら、オマエでも覚えられるだろ」と視線を上げた。
 自身の胸元で、器用に動く彼の指を見つめていた虎杖は、一拍遅れて「お、応」と答える。長く細い伏黒の指が綺麗で、思わず見惚れてしまっていた。
 ドキドキと僅かに心臓が高鳴って、頬が熱くなる気がした虎杖は、やばい、と内心唇を引き結ぶ。

(……伏黒の結び方、なんも見てなかった……)

 指に気を取られて、肝心な記憶が飛んでいる彼は、どうしたものかと目を伏せた。見てなかった、などと言えば、怒られること必須だろう。
 そんなことを思っていると。
 くん、とノットに指を引っ掛けられ、結ばれたばかりのネクタイを緩められた虎杖は、「っえ」と上擦った声を発する。そのまま、するすると手際よくネクタイを解かれた彼は、かぁっと顔を赤くした。
 丁寧にネクタイを結ぶ伏黒の手つきも、繊細で惹き付けられたが、解く指使いに動揺する。きっちりと締められたネクタイを緩める仕草は、色香を孕んで見えて、解かれ弛むネクタイを目で追っていると、何故か淫らな気持ちが芽生えた。

「ぁ、ふ、伏黒」

 そのまま脱がされるのではないか、と思ってしまう虎杖は、視線を彷徨わせる。
 しかし。

「ほら、自分でやってみろ」

 そう促された彼は、「…………へ?」と虚を突かれたように目を瞬かせた。「自分で結べるようにならねぇと、意味ないだろ」と言われて、「あ……」と自身の勘違いに顔を引き攣らせる。
 脱がされるのではないか、なんて。

「あ……あー……えっと……見てなかったから、もう一回やってほし、いでっ」

 誤魔化すように返せば、眉根を寄せた伏黒に手刀を入れられた。「ちゃんと見とけ馬鹿」と言われて、「へーい……」と返事をする。
 もう一度、自身の胸元で動く伏黒の手を見つめる虎杖は、今度こそ手順を覚えようとしながらも、ちらりと彼を窺った。
 結んでもらって、また、解かれるのだろうか。
 ただネクタイを緩め、解かれるだけなのに、自身が暴かれるような気持ちになる虎杖は、堪らない感情に緩みそうになる口元を引き締める。

(平常心、平常心……あ待って伏黒今どこに通した?)

 疚しさに気づかれないよう伏黒の指を目で追う虎杖は、流石にまた見ていなかったら手刀だけじゃ済まされん、と慌てて集中するように眉間に皺を寄せるのだった。


 ──その夜、超豪華ディナークルーズという名に隠された任務を終えた虎杖は、今度こそ伏黒にネクタイを解かれ、脱がされ自身の大事な部分を暴かれることになるのだが、それはまた別の話である。畳む

伏虎

*いおりく:いいいおりくの日。「一生」の話。

 一生、という言葉は、甘い響きを持っていて、確実なものに思えて、永遠を約束されるもののように感じた。一方で、それはひどく曖昧で、不安定で不確定なものだと知っている。
 人の身体も、心も、周りの環境も、変わりゆくもので、ずっと同じなんてことはない。
 だから、死ぬまで一生IDOLiSH7! と思っていても、心のどこかで「一生なんて保証されないのに」と思う自分もいて、そんなことを考えてしまう自分が嫌になるときもあって、それでも永遠を信じ切れずにいた。
 ──一織のことが好きだ。その想いは、きっと“一生”消えないもので、胸の奥が甘い熱を持つ恋情を超えるものは、“一生”ない気がした。同じ想いを返してくれた一織との関係は、“一生”変わらないのだろうと思った。
 そうやって、簡単に永久に変わらぬ気持ちを確信してしまう。いつ想いが移り変わるともわからないのに。
 いつ、一織から向けられている想いが変わってしまうかもわからないのに。
 それ故に。

「一生涯あなたを愛します」
「……!」

 見透かされたと思った陸は、隣に腰掛けている一織にぎょっと目を向けた。リビングにあるソファにて、寛いでいたときのことだ。雑誌に視線を落としていた一織が、ビクリと反応した陸に顔を向ける。

「どうしたんですか?」
「いや……お前こそどうしたんだよ急に……」

 唐突な愛の言葉に慄けば、「特集が組まれていたんですよ」と紙面を見せられた。女性向け月刊雑誌には、いい夫婦の日として長年互いを愛し合ってきた夫婦のエピソードが多数掲載されている。
 いくつかのエピソードに目を通した陸が、「……そっか、こうやって一生愛し合ってる人もいるんだなぁ」と納得したように呟けば、「は?」と訝しげな声が聞こえた。やけに剣呑とした疑問符だったため、「えっ」と思わず声をあげれば、じっと顔を覗き込まれる。

「……余計なこと考えていたでしょう」
「かっ……考えてないし」

 やっぱり、見透かされているのかもしれない。そんなことを思いつつ、たじろぐ陸は、「……一生、って、難しいことだと思ったんだよ」と呟いた。
 芸能人の離婚のニュースや、グループ解散。確固たるものだと思っていたものは、いとも容易く失われてしまう。一生という願いを諦めたくないと思っても、自分が願っているだけでは叶わない。愛する相手が、メンバーが、皆が同じ想いを抱いていなければ、綻んでいく。
 時折ぼんやり考えていたことを伝えれば、嘆息した一織に軽く額を小突かれた。

「あぅっ」
「あなたは、すぐ考え込んで不安になりますね」
「なっ……」

 呆れたように言われて、反論しようと口を開くが、ふと見えた彼の表情が優しいもので気を削がれた陸は、言葉を発する前に口を閉じる。

「確かに、一生という言葉は、軽々しく使うものじゃないかもしれません。ただ、過度に不安に思うこともないと思いますよ」
「……どうして?」
「今この瞬間七瀬さんのことが好きで、大切だという気持ちは、一生のものです。何年先の未来でどうなっているかは、確かに保証できないものかもしれませんが、今この瞬間七瀬さんを好いているという事実は永劫変わりません」
「それは……」

 言葉遊びのようなものでは?
 そう思いつつも、一織の言葉に安堵している自分がいた。何事についても、彼の言葉を聞いていると、安心して、大丈夫だという気持ちになるのだ。
 狙って言っているわけではないだろうが、いつも陸の心を掬ってくれる一織の言葉が好きだった。
 考えていたことが、杞憂に思えて、肩の力が抜ける。ふふ、と笑う陸は、「一織、オレのこと好きだって言うとき、照れなくなったよね」と弄るように彼の反応を窺った。「良い変化でしょう」とさらりと言われて、「もー」と生意気な年下の恋人に唇を尖らせる。
 付き合い始めてから、三年。一生変わらないものはないだろうけれど、その瞬間瞬間に感じたものは、確かに永遠なのだろう。例えそれが変わりゆくとしても、それが良いものであればいいな、と、そう思う陸は、こてんと一織の肩にもたれかかる。

「“一生”こんな時間が続けばいいな」

 穏やかで愛しい時間を願えば、「続きますよ」と相槌がある。脆いと知っているからこそ、大事に想いを抱えて、繋いでいくのだ。
 一瞬の煌めきが、永久に続くように。

「……うん」

 肩から伝わってくる一織のぬくもりを噛み締めて小さく頷く陸は、体温に身を委ねるように瞼を閉じるのだった。畳む

いおりく

*いおりく:花吐き病のひとこま。

 咳込む音がして、発作かと思い、陸の背中に手を添える。七瀬さん、と声をかけようとして、一織は目を見開いた。
 ひらり、と白い花弁が陸の手からこぼれ落ちる。
 ──花吐き病。

「ぁ……一織……」

 告白されて、両想いだったのだとわかって、恋人同士になった。
 触れ合って、キスをして、愛情を重ねていた。
 花吐き病は、片想いを拗らせているとかかる病だ。両想いであれば、発症することはない。
 それなのに。

「っ、けほ」

 ひらひらと舞い落ちる花弁が、重なっていく。
 両想いである。そう思っていた。
 しかし、悟った一織は、ああ、と胸の内で自嘲気味に口の端を上げる。
 両想いでは、なかったのか、と、添えていた陸の背から彼の手が滑り落ちた。畳む

いおりく

*伏虎:舌を絡めあう伏虎の話。

「あちぃ〜……」

 うだるような暑さだった。仰ぐことさえ忌避してしまう太陽は、全てを焼き尽くすような輝きを見せている。
 東京都郊外にある山の麓で、補助監督の迎えを待っていた虎杖は、体内の熱を少しでも逃がすように舌を出して呻いていた。
 幸い木陰はあるため直射日光に晒されることはないが、吹く風は熱風が如く、涼やかな森林浴には程遠い。
 ガードレールに腰掛け、はひぃ、と舌を出したまま呼吸していた彼は、ふと視線を感じて隣を見やった。ともに任務にあたっていた伏黒と、目が合う。

「?」

 汗がこめかみを伝う中、舌を出している虎杖を見た伏黒が、犬みてぇだなと思っているなど知る由もない彼は、何? と言うように首を傾げた。
 次の瞬間。

「虎杖、そのまま舌出してろよ」
「へ……んっ!?」

 犬みてぇだなと思う一方、無防備に出された舌に艶かしさを見出してしまっていた伏黒が、虎杖に近づく。
 自身も舌を伸ばし、外に出ていた彼の舌先に触れた伏黒は、熱い舌を絡めた。

「ひょっ……と、ふひくお、っ」

 いつものキスのように、口内に舌を入れ、犯すのではない。外気に触れる場所で、舌を擽られ、絡め取られる虎杖は、悩ましげに眉根を寄せる。
 口腔内という狭い場所で水音を立てながらする深い口付けとは異なる、けれど、空気に触れているせいか、いつもより舌の感覚が鋭くなった気がして、生々しい感触に目を細めた。
 器用に動く伏黒の舌が、敏感な部分を擽る。

「っ……」

 反射的に引っ込めたくなるが、彼を求めるように舌を伸ばし、先を絡め合うのが気持ちよくて、止まらなかった。上手く飲み込めない唾液がこぼれ、汗とまじりながら顎を伝う。

「っ、は……」

 呼吸が乱れて、頭の奥が曖昧になっていた。熱くて、気持ち良くて、蕩けそうになる。
 伏黒の舌が離れていって、思わず追いかけようとする虎杖は、肌を伝っていた唾液を舐め取られ、ひくりと背筋を震わせた。

「……続きは帰ってからな」

 すりすりと頬を撫でられ、心地よさに目を閉じる。伏黒から始めておいて、お預けするなんてずるい。そう思うが、このまま続けていたら暑さに倒れてしまうくらい、熱かった。

「……迎え、まだかな」

 呟きながら、伏黒の指に自身の指を引っ掛ける。
 早く帰って、シャワーを浴びて、彼にたくさんくっつきたかった。

「……途中まで歩くか」

 そう言って、絡んだ虎杖の指を引く伏黒が、「一本道だから、迎えの車と行き違いになることもないだろ」と続ける。

「そうする」

 同意して、ガードレールから立ち上がる虎杖は、へへ、と笑った。「伏黒のキスってエッチだよな」と言えば、「は?」と眉根を寄せられる。「オマエが無防備なのが悪いだろ」と言い返されて、「ぇえー」と返す彼は、参っていたはずの暑さをどこか心地よく感じながら、歩き始めるのだった。畳む

伏虎

*伏虎:甘えることを覚えた虎杖の話。

 暗くて、自分の身体ごと闇に沈んでいきそうな世界。側で身動ぎする気配がして、体温が離れていく感覚を得る。反射的に、ぎゅっとぬくもりを掴んでいた手に力をこめれば、起き上がった主が身動ぎしたのがわかった。
 シングルベッドに、成長期真っ只中な男が二人。くっついていなければどちらかが落ちかねない状況だったが、例え寝転んでいるのがキングサイズのベッドだったとしても、彼らはくっつき合っていただろう。伏黒の腕の中で眠っていた虎杖は、どこかへ行こうとする彼に眉根を寄せる。

「……ふしぐろ……」

 寝惚けた頭で、舌足らずに名前を呼び、ぎゅう、と彼が着ているスウェットを握れば、「……虎杖」と宥めるように伏黒の手が頭に触れた。

「……どこいくの」

 すりすりと側頭部を撫でられ、首筋も擽られる虎杖は、心地よさに落ちそうな瞼を持ち上げ尋ねる。

「トイレ。すぐ戻ってくるから、離せ」

 優しい声だった。しかし、手を離せば伏黒が闇に溶けて消えてしまいそうな気がして、「んん……」と小さく首を振る虎杖は、彼の腰に顔を埋めるようにしがみつく。

「虎杖」

 もう一度名前を呼ばれて、頭にキスを落とされ、促されるように、少しだけしがみつく力を緩めた。
 ──どこにも行かないでほしい。傍にいてほしい。時折そんな気持ちが溢れて、胸が苦しくなる。甘えただなと思いながらも、伏黒が許してくれるから、つい我儘になってしまった。
 ただのトイレ。数分もせずに戻ってくるはずなのに、そのたった数分が寂しくなる。
 静かな夜は、離れたくないという感情が特に増した。

「…………」

 そっと、名残惜しさを残して手を離す。
 トイレを邪魔した結果、大変なことになってはいけない。そんな理性が頭の片隅に残っていたため、伏黒を離せば、そっとベッドを下りた彼の小さな足音が遠ざかっていった。

(……へんなの)

 目を覚ますほどだ。トイレへ行くのは急ぎだろうに、自分と同じように名残惜しそうな気配が伝わってきて、虎杖は可笑しさに小さく口角を上げる。
 伏黒がいなくなって、ベッドの中で感じていたぬくもりが減った気がした。残り香のような温度を感じながら、うとうとと瞼を下ろす。しばらくしてから、裸の足裏が床を踏む音が聞こえてきて、ふっと目を開けた瞬間、ぎしりとベッドが軋む音がすると同時に、頭を撫でられた。
 髪を掻き分けるように指を通す伏黒の手に、「おかえり」と声をかける。「ただいま」という柔らかな声に抱き締められて、ぬくもりが戻ってきた虎杖は安堵したように思考を手放した。
 ──翌朝、ぽやぽやと心地よい穏やかな気持ちで目を覚ました虎杖は、じっとこちらを見ている黒瞳にぎょっと目を剥いた。

「おはよう虎杖」
「お、……はよ……」

 至近距離で伏黒の瞳を見ると、心臓が跳ねる。射抜かんばかりの瞳の強さに、顔を赤くしつつ起き上がった虎杖は、同じく身を起こしてベッドから下りる彼を目で追った。
 朝は強いはずなのに、ここ最近、伏黒に包まれて眠っていると、ついつい寝すぎてしまう。それほどまでに身も心も委ねて、甘えてしまっていた。
 昨夜、ただトイレに行こうとしていただけの彼を引き止め、離さなかったことを思い出した虎杖は、目を伏せる。

「……昨日、トイレ間に合った?」

 もし間に合っていなかったのなら大惨事だ。無論、無事間に合ったことは知っていた。けれど、何か言わないといけない気がして言葉を発する。虎杖の問いに、伏黒は一拍おいた後、「間に合ったよ」と軽い調子で答えた。
 ……失う恐怖を知った。伏黒が宿儺に呑まれ、帰ってこなかったらどうしようと思うと、心臓が萎縮した。どうにかして助けなきゃ、助けなきゃと必死で、一方生を諦めようとする伏黒の意志も尊重したくて、でも……伏黒がいない世界を考えたら、泣いてしまうくらい寂しかった。
 さみしい。一人にしないで、と縋りたくなった。
 その想いに応えてくれたのか、はたまた別の理由か、伏黒が生きることを選んでくれた理由について、聞いたことはない。
 しかし、彼がいない寂しさを知って以来、甘えた言動が増えている自覚があった虎杖は、閉められていたカーテンを開けようとしている伏黒を見上げた。ベッドに腰掛けたまま、口を開く。

「……うざい?」
「は?」

 主語も何もない言葉に、眉間に皺を寄せた伏黒が振り向いた。
 伏黒を感じたくて、甘えてしまう。反面、甘えられることを鬱陶しく思われていたら、やだなぁとも思うのだ。そんな自分勝手な質問の意を察したらしい伏黒が、こちらへ向けたばかりの顔をふいと逸らす。ゆっくりと瞬きしながら、何気ない所作でカーテンを開いた。

「……嬉しいだろ」

 当然のように答える彼に、虎杖は瞠目する。
 好きな奴に甘えられたら、嬉しいに決まってるだろう。そう告げる声の優しさ──否、声の甘さに、ふにゃりと相好を崩した。

「……オマエも大概だよなぁ」

 欲しい答えをくれるのは、伏黒の優しさ、ではない。本気でそう思っているのだとわかる言葉に、胸が甘く締め付けられる。

「オマエは、甘えすぎるくらいが丁度いいんだよ」

 掴んでいたカーテンから手を離し、虎杖の側に歩んできた伏黒の手が頬に触れた。すり、と輪郭を辿るように撫でられて、虎杖は擽ったそうに笑う。
 そんなん言われたら、もっと甘えちゃうじゃんか。
 笑いながら言えば、それでいい、と仄かに嬉しそうな相槌が返ってきた。伏黒の手が右手に触れて、小指同士を絡め合う。
 小さな幸せを積み重ねるように、「今日出かける?」「買い物は行っときてぇな」とささやかな会話を交わした。
 きっと、好きな人が傍にいることは、奇跡だ。その幸せを離したくないというように、虎杖は絡めた小指に力をこめる。
 絡んでいる指は、ちょっとやそっとでは離れそうにない気がして、彼は「じゃあ、支度するか」と笑うのだった。畳む

伏虎

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