ピコン、とラビットチャットでメッセージを受信した音が鳴った。
数回続けて鳴った機械音に、何事だと眉を顰めながら端末を確認すれば、大和から写真が送られてきている。
ページを開き確認した一織は、そこに写っている人物を見て、目を見開いた。
「ッ……」
某企業で二度目のアンバサダーを務めることとなり、先日、特別パッケージで使用されるビジュアルを撮影予定だと案内があった。
3種類の味で撮影のコンセプトが別れており、陸を除く各メンバーはそれぞれ2人ずつ撮影に参加する。陸だけは全ての撮影に参加することになり、季節柄彼の体調やスケジュールを気にかけていた一織は、そうか今日はその撮影日だったか、と小さく嘆息した。
大和と壮五、陸が現在撮影を行っている現場は、うさみみフレンズパークだ。羨ましい、という気持ちが半分、自分がその現場でなくてよかった、という安堵が半分。複雑な心境だった一織は、画面をスクロールして、送られてきた写真を確認し、保存していく。
頼んでもいないのに、待機中の陸の様子を送ってくる大和は、一体どういうつもりなのか。善意でしているのか、からかい半分で送信してきているのか。わからないが、いただいた写真は貰っておく一織は、ぬいぐるみを抱き締めて笑っている陸の写真を見つめる。美味しそうにポップコーンを頬張って、頭につけているうさみみのカチューシャに触れている彼は、心底撮影を楽しんでいるようだった。
(……可愛い……)
陸にカチューシャをつけるだけではなく、そのうさみみで耳の折れたピンク色のペロちゃんを選んだスタッフは、彼の魅力をよくわかっている。
その姿は、可愛くて可愛くて──。
(……同じ現場じゃなくてよかった……)
その場で目にしていたら、キャパオーバーを起こしていたかもしれない。そう思い、羨む気持ちより安堵の方が上回った一織は、連続送信が止まった大和に「連投は迷惑なのでやめてください」と返信してから、端末の画面を消した。
素直に写真を受け取るのは、気恥ずかしいのだ。
しかし次の瞬間、再度通知音が鳴り始める。今度は何だ、と再びラビットチャットを覗けば、壮五から大量の写真が送られてきていた。
「…………」
先程大和から送られてきた写真とは、異なる角度から撮影されたもの。二人とも自分たちの写真ではなく、陸の写真を主に送ってきているところで、何か示し合わせているのかと問い質したくなる。
陸本人からは、何の連絡もないのに。
一枚一枚保存するのも億劫で、一括保存を行った一織は、「ありがとうございます」と壮五には比較的素直に返信してから、端末をポケットに仕舞った。
数日後のことである。寮の自室で、学校の課題を解いていた一織は、ピコンと鳴った軽快な音に顔を上げた。
机上に置いていたスマートフォンを見れば、環からのメッセージが表示されている。
「いおりーん、これ、やる」
これ、とは、と思っていれば、続々と写真が送信されてきて。
数日前のデジャヴを感じつつ、詳細を確認すれば、案の定、飲料のパッケージ撮影現場の様子が送られてきていた。
ピクニックがテーマの撮影現場には、お弁当やドーナツなど、軽く食べられるものが色とりどりに並んでいて、見た目にも楽しいものになっている。
送られてくるのは、やはり陸の写真ばかりで。
「どう? りっくん、可愛くね?」
ドーナツを片手に無邪気な笑顔は、言われるまでもなく世界一可愛らしいものだった。
何と返信すべきか、と考えていると、違う人物からのメッセージがある。環への返信は保留にして、そちらを見に行けば、三月からも陸の写真が送られてきていた。
一体、何なんだ。グループチャットではなく、みな一織個人へ送ってきているのには、意味があるに違いない。まるで、みなから寄ってたかって、彼の写真が欲しいだろう、と言われているようで、別に要りませんので送ってこないでくださいと返したくなる。現場に居なければ、見れない陸の姿。本当は、その様子を見せてもらえて嬉しいのに、こうも大量に送られてくると、自分の気持ちをみなに知られている気がして、違います、と否定したくなってしまうのだ。
真剣に撮影に取り組む姿。待機中リラックスしている様子。手作りのお弁当を見て、瞳を輝かせている陸は、いつまででも見ていられた。
……メンバー全員グルで、私に何か要求したいことでもあるんですか?
ついそう送ってしまいそうになるのを堪えて、各人へ返信する。
相変わらず、写真を撮られている張本人から連絡はない。この間のうさみみフレンズパークでの撮影についても、陸は写真やメッセージを送ってこないだけでなく、後日一緒にいるとき話題にも出さなかった。
彼は、自分の写真が他人から大量に一織へ送られていることを知っているのだろうか。
保存して、時折見て癒されている陸の写真を見返す一織は、笑っている彼の写真を拡大表示させる。
どの表情がパッケージに使われるのかはわからないが、人を惹きつける彼の笑顔は、いつ見ても、何度見ても、心惹かれた。まるで、何度でも恋をするように、新鮮な愛情が胸中に湧くのだ。
明日は、いよいよ自分とナギ、陸の3人で撮影が行われる日だ。図書館でのひとときをテーマにしていると聞いている。
明日は自分も現場にいるのだから、写真が大量送信されてくることもないだろう。最近仕事が重なっていなかったため、陸やナギと現場が同じなのは、久方ぶりだ。
一区切りついた課題ノートを閉じ、撮影に向けて今回のコラボ企業に関する資料を手に取る一織は、コンセプト等に目を通し、自分たちに求められているものを再確認するため、書類を捲るのだった。
──翌日の撮影は、順調だった。静かな図書館は、一織にとって馴染み深い場所で、撮影は落ち着いた雰囲気で進む。細いフレームの眼鏡をかけて撮影していたため、待機中、眼鏡をネタにじゃれているナギと陸を見やる一織は、楽しそうにつるに手を添えている陸に嘆息した。
「リク、その眼鏡とてもお似合いです!」
「えへへ、ありがとう! ナギも、そのフレームすっごくおしゃれ!」
互いに褒め合い、談笑している彼らが、側にいた一織を振り向く。丁度眼鏡を外そうとしていた彼は、「一織も、眼鏡似合うよな」と言われて、「……はぁ……ありがとうございます」と礼を言った。
「知的さが増しますね」
「勉強できそう!」
「私は別に眼鏡をかけていなくても勉強はできますが」
そう言いながら、さり気なくスマートフォンを構えれば、「何してるの?」と目ざとい陸に指摘される。
「待機中の写真を、SNSに掲載しても構わないと言われたので。SNS用で撮るだけです、お気になさらず」
「OK、ワタシも撮影大会します! リク、イオリ、こちらを向いてください!」
「それじゃナギが写んないじゃん!」
普段でも時折眼鏡をかけていることがあるが、細いフレームの眼鏡は、ナギの言う通り、陸によく似合っていた。目立たぬよう、待機中の様子を撮る一織は、自らの手で撮影した陸の写真を端末に収める。
そんなことをしながら、撮影は無事に終了した、のだが。
「……どうして六弥さんまで……」
その日の夜、ナギから陸の写真が送られてきた。一緒に現場にいたでしょう、とツッコみたいが、最後にウインクしている顔文字を送ってきた彼は、何もかもお見通しと言うようで、一織が撮っていない角度の陸をチョイスした彼の写真は、切り取られ方が見事なものだった。
陸の写真を余すことなく欲しているくらい、彼のことを好いていると、みなに気づかれているのだろうか。
彼のすべてを知りたかった。彼が過ごす一瞬一瞬すべてを見ていたかった。それは一織の本心であり、その感情が傲慢なものであることは自覚している。
うさみみフレンズパークではしゃぐ彼が、ピクニックをして無邪気に笑う彼が、眼鏡をかけてわざとらしく知的な表情をしている彼が、全部、大好きで、愛しかった。
その感情の一端をメンバーに悟られているのは気恥ずかしいが、彼らに感謝しなければならないのかもしれない。
(まぁ……七瀬さん本人からは、相変わらず何もありませんけど)
いつもなら、撮影こんな感じだったよ、とメッセージや写真を送ってくることが多いのに、今回の撮影に関して彼は何も一織へアクションを起こしてこなかった。何か理由があるのかもしれないが、今更以前の撮影がどうだったか、などと訊くこともできない一織は、ナギから送られてきた写真を一括保存してから、陸へのメッセージを入力する。
「今日は、撮影お疲れ様でした」
もっと色々と話したいのに、言葉が浮かばず、ただ一言。送信すれば、すぐに既読マークがついて、「うん、一織もお疲れ様!」というメッセージとスタンプが送られてくる。
それだけ。……それだけで会話が終わってしまった。
「…………」
続ける言葉が浮かばない自分も自分だが、陸も素っ気ないのではないか。いつもなら、今日の撮影はああだったね、こうだったね、と長々喋ってくるのに、ここ最近はどうしたのか。
みなから陸の様子が送られてくるのは、嬉しい。けれど、張本人からは何もない。それは、一織の自分勝手な感情だったが、……僅かな寂しさを感じてしまう彼は、目を伏せてから、端末の画面を消すのだった。
◇◆◇
その後、パッケージがIDOLiSH7仕様の商品が発売され、ファンをはじめとする人々の中で、パッケージに使用された画が話題となっていた。
メンバーみな良い表情をしており、それぞれの味で選ばれている陸の姿も、人々の目を惹くものになっている。前回のパッケージも、陸の魅力が最大限活かされたものだったが、今回も彼の愛らしさが全面に出ていた。
サンプルを見た段階で、満足感を得ていた一織は、寮のソファでスマートフォンを弄り、SNSでの人々の反応を確認する。
そのとき、「いーおり」と間延びした声で呼ばれた彼は、ぽすんと隣に腰を下ろした陸を振り向いた。
「オレたちのパッケージ、好評みたいでよかったな」
「そうですね」
「……あのさ、オレ、前に撮影で、一織の傍にいるとき一番いい顔をするね、って監督に言われたことがあるんだ」
唐突にも思える話を始めた彼に、頷き続きを促す一織は、手にしていたスマートフォンを伏せる。
照れたように笑う陸は、「だから、今回の撮影では、勿論スタッフさんたちの指示もあったけど、……一織のこと考えながら、ポーズ取ってた」と呟くように告げた。
「……私のことを?」
「うん。どんな表情をしたら、一織は喜んでくれるかな、どんな風に笑ったら、一織に好きって思ってもらえるかな、って考えながら……」
「な…………」
「お前のこと考えてたら、撮影中ふわふわ幸せで、待機中も……多分、オレ表情緩んでたと思う。……でも、今回の撮影は自信があったから、一織にその結果を見てほしかったんだ。だから、待機中の写真とかも送らずに……あんまり撮影の話もしなかっただろ? 一織を驚かせたくて……一織?」
頬をほんのりと赤く染めながら話していた陸は、相槌がないことに気づき、隣にいる彼の顔を覗き込む。
つまり、陸は、一織に愛されるような表情を心がけて撮影に臨んでいた、と。そう告げられた一織の顔は、熱く火照っていた。
陸とは、数ヶ月前から交際している。そのため、「好きって思ってもらえるかな」という言葉は、照れくさくはあったが、意外なものではなかった。それ以上に、陸が一織のことを想うことで、待機中も含めてあの愛らしい表情の数々が生み出されたのだと思うと、堪らない気持ちになる。
彼が、撮影の話題を出さなかった理由もわかった。彼の言う通り、確かに結果として出されたパッケージを見て、陸の魅力を再確認した。
一つだけ、陸に言うことがあるとしたら。
「……すみません、あなたの撮影の様子、前から知っていました……」
「……え?」
「みなさんから写真が送られてきて……」
端末を操作し、送られてきた写真の数々を見せれば、陸の顔がぶわっと真っ赤に染まる。
一織には見られていないと思っていた、のに。
「えっ!? 全部!? 写真全部あるの!?」
「私が頼んだわけじゃありません! みなが勝手に送ってきただけで」
「オレ送っていいよって言ってないのにー!!」
わぁん、と恥ずかしそうに慌てる陸は、「じゃ、じゃあ、オレがどんな撮影してたのか……知ってたんだ……」と気まずそうに俯いた。
しょげた様子の彼に、「……その……確かに、オフショットはこうして事前に拝見していましたが……」と返す一織は、こほんと咳払いをして改まる。
「パッケージで使用された七瀬さんは、素敵でしたよ。どのあなたもそれぞれ魅力的で、人を惹きつける……世間の反応が、何よりの証拠です。……ですので、自信を持ってください」
「ぁ……」
「あなたが私のことを想いながら浮かべた表情は、誰よりも愛らしくて、……好きですよ」
恥ずかしさを堪えながら、そう伝えれば、羞恥に視線を彷徨わせる陸が、「……ぅん……」と小さく頷いた。
「ところで」
「ん……?」
「今まで話してくれなかった撮影の話、聞かせてください」
あなたのすべてを知りたいから。どんな風に私のことを想って、撮影に臨んでいたのか、教えてほしいから。
そう請う一織に、顔を火照らせたままの陸は、「……こ、今晩……一織の部屋で、ゆっくり……話すね」と、何とか言葉を絞り出すのだった。
Fin.