伏虎美容師パロ3


「ところでさ、うちで雇われるかどうかって話、検討した?」

 何の脈絡もなかった。美容室のバックヤードにある休憩室で、会話なく各々休んでいた中、突然「ところで」と言われても返答に困る伏黒は、「はあ」と曖昧な相槌を打つ。「検討した?」と言われても、先日同様の提案をされたとき、「虎杖専門なら」と答えており、実質辞退したも同然だったため、尚更五条の意図を図りかねた。

「検討も何もありませんよ。俺はただの助っ人でしょ」
「トリミングサロンがシフト制で兼業可だから、許可得てやってることでしょ。今後を考えれば、どっちかに絞った方がいいんじゃない?」
「許可得てやってるんだから別に……それならトリミングサロン一本にしますけど」
「それは傑のドヤ顔が目に浮かぶから絶対駄目」

 五条が経営している美容室で、臨時の美容師をやっているのは、サロンのオーナー・夏油傑も承知していることだった。
 夏油は五条の学生時代からの友人であり、元はともに美容師を目指していたらしいが、研修時代に道を違え、今彼はトリマーとして名高くなっている。伏黒と五条の関係も承知しており、美容室での助っ人も正式に認められていることだったため、二足草鞋に後ろめたいことはない。
 ただ、トリマーと美容師どちらかを選べと言われたら、伏黒が選ぶのはトリマーだった。

「美容師一本にするつもりはありません」
「僕の美容室には、悠仁も来るよ!」

 公約を述べるように高らかと言う五条は彼の答えを無視しているようで、虎杖を引き合いに出すずるさに半眼になる。客である彼をだしにするのは卑怯だ。

「別にアンタに雇われなくても虎杖には会えますから」
「お客さんとスタッフとして会えるシチュエーションの楽しみもあるでしょ。萌えるよ?」
「そんな性癖ありません。何なら店より家の方が触れますし」
「うわやらしー! 店で触る方が背徳感あってよくない? てかこの間店でも触ってたじゃん」
「あれは人がいなかったからだし、背徳感で喜ぶのは虎杖の方です」
「えっ、悠仁そんな趣味が……」
「ねぇ二人ともその会話俺がいないとこでやってくれない!? そんな趣味ねぇし!」

 ハッと口元に手を当てた五条を遮るように口を出したのは、虎杖だった。ヒートアップするやり取りの中で、自分と伏黒の関係が赤裸々になることに耐え切れなかった彼は、差し入れで持ってきた個包装のカップケーキを二人の前に置く。
 客である虎杖がバックヤードにいるのは本来おかしなことであるが、伏黒の恋人であり五条の知人でもあったため許されていることだった。というよりも、近くを通りかかったため差し入れを渡しに来ただけだったのだが、「丁度よかった、悠仁も一緒に休憩していかない?」「差し入れ? オマエも食っていくだろ」などと促され、あれよあれよと言う間に休憩室まで連れ込まれたと言った方が正しい。
 以前、店で触られた背徳感で、少し、ほんの少しだけ興奮してしまったのは図星だったため、虎杖は羞恥に頬を赤くしつつ伏黒の隣に腰を下ろす。しかし、「悠仁も、恵に美容師一本でやってほしいよねー?」と五条に矛先を向けられて、参ったように眉根を寄せた。

「俺は、伏黒がやりたい仕事をやってほしいって思うよ。そりゃあ、伏黒にカットしてもらいたいって気持ちはあるけどさ」
「僕にカットされるより?」
「そこで引っかかんな」
「俺は伏黒のカットの方が好きだな~」
「嘘でしょ悠仁、大会で優勝殿堂入りしてる僕のカットよりも!?」

 素直な声音の虎杖に五条が素っ頓狂な声をあげている一方、うるせぇ、と内心呟いた伏黒は、「カットなら家でできるだろ」と虎杖に告げる。道具さえあれば、個人的にいくらでも施術することができた。
 いつでもサービスしてやるよ、と付け足せば、包装を剥ぎ、カップケーキを口に放り込んでいる五条の向かいで、虎杖がピクリと反応する。

「サービスはやだ。家だろうが店だろうが関係なく、伏黒の技術に対してちゃんと金は払いたい」

 きっぱりと言い切った彼に、五条が「悠仁は律儀だねぇ」と頬杖をついた。
 目を瞬かせた伏黒は、「結局その金がいつか自分の財布に入ることになるんだから、ただ循環してるだけになるだろ」と返す。それは、さり気ない返しだった、が。

「……え?」

 言われた意味がわからず、きょとんと首を傾げた虎杖は、「あー……お互い奢ったり家に泊まらせてもらったりしてるから、結局どこかでプラマイゼロになるだろってこと?」と自分なりの解釈を述べる。
 虎杖が支払ったカット代が伏黒の元へ給料として入るが、その給料を元に伏黒が虎杖に奢ったりしているため、循環しているだけ。そう解釈した彼は、「そういう考え方はあんまりしなくね?」と笑った。
 一方、財布をわける場合もあるが、同棲もしくは結婚をすれば財布が同じ──懐が同じになる、という意味だろうと思った五条は、白けた目を伏黒に向ける。虎杖の解釈に、「……そうだな」と微妙な反応をしている彼を見て、自身の解釈が正解だと確信した彼は、砂糖のたっぷり入ったコーヒーを啜ってから、「じゃあ僕は戻るね~」と紙コップを置き席を立った。結婚はともかく、同棲を目論んでいるらしい伏黒に、このまま二人の会話聞いてたら、流石の僕も甘さで胸やけしそう、と思い、休憩室を後にする。

「あ、五条さん仕事頑張って!」

 そう五条を見送った虎杖は、「伏黒ももうすぐ休憩終わり? これから買い物行って帰るけど、今晩何食いたい?」と伏黒を振り向いた。
 付き合い始めてから、週に何日かは虎杖が伏黒の家に泊まるのが習慣化されており、彼は当然のように夕飯の話をする。伏黒がそろそろ同棲してはどうかと考えている件について、虎杖はわかっていないようだが、五条さんには悟られたな、と思った彼は、「生姜焼き」と短く答えた。
 遠回しに言っても伝わらないことはわかっている。それならば。

「虎杖、そろそろ一緒に住むか」
「……へ?」

 淡々とした声で告げられた言葉に、カップケーキを口にしようとしていた虎杖の手が止まった。瞠目している彼の目を見ながら、伏黒は続けて口を開く。

「そうしたら、財布も一緒になるだろ」
「ぇ……っあ」

 付け足された言葉に、先程の意味を理解した虎杖の顔に赤みがさした。「……そういう意味……?」と突然の同棲の誘いに照れる彼は、視線を彷徨わせる。
 虎杖、と促すように名前を呼べば、「お……れも、ちょっと考えてた……」とぎこちない返事があった。

「同棲……したい」
「……ああ」
「でも」

 彼も同じ気持ちだったことに、表情を和らげた伏黒は、しかしその後続いた逆接の言葉に硬直する。

「財布を一緒にするかどうかは、考えさせて。……わけてた方がなんかあったときいいかもしれんし……」

 思案しながら続けられた言葉は、虎杖が同棲を具体的に考えているのがわかるもので。
 一瞬身構えた身体から力を抜く伏黒は、「そこは相談だな」と頷いた。「応」と笑顔を見せた虎杖は、嬉しそうにカップケーキを頬張る。

「仕事はどうすんの? どっちかに絞んの?」

 そう尋ねられた伏黒は、「……そっちは保留で」と肩を竦めて答えるのだった。


Fin.


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